じきGPSが始まるが、それが終わったら、全日本フィギュアである。
GPFは、久しぶりの名古屋の試合で、ウキウキするが、2021の大阪のGPFの
事を思い出すにつれ、悔しい思いがまた、広がる。
それはともかく、全日本フィギュアについて。
今年は五輪の選考会も兼ねているので、シニアの選手については、より一層
緊張感があるものとなっているだろう。
それがなくても、全日本というのは、日本国内のアマチュアの最高峰である。
これを機会に、引退する選手も多い。
それが故に、全日本は、ものすごい緊張感のある大会となっている。
しかし、ここ数年、ジュニアの参加人数が多くなってきている。
シニアにあがる年齢制限もあるが、年々ジュニアのレベルが上がってきているという事も、様々な要因があるだろう。
地方大会でも、ジュニアの女子がめっちゃ人数が多くて、深夜に渡ってしまっていた利することからもわかる。
だがしかし。
ジュニアの選手の参加を点数だったりで認めて、シニアの選手の舞台を圧迫してしまうのは、どうだろうか。
ジュニアはジュニアで手詰まりなのはわかる。
ジュニアの中でもシニアの選手より、点数が取れる選手がいるのも事実。
だったら、なぜジュニアの大会と棲み分けしているのか。
世界大会は、参加が認められていないのに、国内ならいいのか。
あまつさえ、ジュニアの構成とシニアの構成、演技時間が違う事から、
シニアとジュニアの大会に出場する選手の負担が増えてしまうのは、どうだろう。
それを解決するのが主催である、日本スケート連盟である。
ジュニアの子たちが将来羽ばたく芽を見るのはいいが、シニアで頑張ってきている選手達を削ってまで、出す意義とはどこにあるのか。

私はジュニアの選手を責めているのではない。
運営側の問題なのである。
しかしながら、昨年の中田璃士選手や島田麻央選手のように、シニアの表彰台に乗ってしまう選手もいる事は事実。
この五輪の選考会で、表彰台がひとつ埋まってしまうのは、イメージとしてシニアの選手達にとって、何を意味するのか。
選考基準を策定しなおすか、ジュニアは参考出場で、暫定順位とするとか、
色々方法はあるだろう。
しかし、私なぞ短慮な人間が見ると、表彰台に乗って、選ばれるというイメージが
大きいと思うので、なんだかなと思うのである。
かつて、昌磨がジュニアで表彰台に乗ったとき、小塚くんが
「シニアの意地」と言っていたのを思い出すが、年々低年齢化しているスポーツの世界では、それは止められない事なのだろうけれども。
そうでいたら、やはりフィギュアの年齢制限は、結論としてどう位置づけられるのか。
低体重などが問題なら、体操や新体操だってそれになるし、
スケートボードなんて、フィギュアに及ばないほど、低年齢化している。
日本というのは、ルール作りは下手なくせに、ルールを守る事に対して一生懸命なので、バランスが取れてない気がする。
ジュニアが渋滞を起こしている国が日本だけなら、ISUもルール変更なぞしないだろうしね。