とかくに人の世は住みにくい

わざわざ当ブログまで読みに来てくださってありがとうございます。趣味、日常、時事問題 何ということはない事を呟きます・・・

何も間違えていないよ。ネイサン

この時期になると、切なくなる。

 

先日、将棋の朝日杯で藤井聡太二冠が、準決勝で勝利した。

彼がこの朝日杯トーナメントで初めて優勝したのが、

平昌オリンピック、男子フリーの日だった。

 

なので、このニュースが一年に一回出るたびに私は、胸が締め付けられたことを

思い出す。

奇しくも今年も思い出すタイミングが、全米と被った。

 

       画像

         これが、五輪金メダルだったら・・・・・

 

 

その日は、彼が奇跡の復活を見せた男子FSを滑った日だった。

 

彼はSPで17位に沈み、FSで5つのクワドを着氷し、1位となり

総合5位まで登った。

 

あの時、真央ちゃんのソチフリーと同じように、

「彼はアメリカに帰れないかも」とまで心配していた。

 

あの時何が起こったのか。

 

今回の全米で五連覇した。ネイサンはインタビューを受けた際、

大学生活とスケートの両立について、特殊なシーズンで

ライバルたちと競えあえないことについて、次のように語っていました。

 

 ライバルたちに会えない特異なシーズンについては、「結弦、(宇野)昌磨(トヨタ自動車)、(ミハイル・)コリャダ(ロシア)、そして素晴らしいスケーターたちに会えなかったのは確かに不思議な感じがしています」

朝日新聞DEGITALより

 

度々羽生さんとの二人だけの比較をされていることに対する、ちょっとした

意見なのかもしれないし、インタビューの際に他の選手へのリスペクトを忘れない

ネイサンだから、自分のライバルは「昌磨もコリヤダも、他の選手もいるよ」と

言ったのかもしれない。

 

あまり余計な事は言わないけれども、言わなくてはならない事は、サラっと

言う賢さが、彼にはある。

 

でも。

あの時は、まだ18歳。

賢さと精神的なタフさは、まだバランスが取れていなかった。

急激な成長による、試合経験数の少なさも、崩れた要因のひとつだと思う。

だって、五輪時はワールドは6位の経験しかないシニア2年目の青年。

他国の選手であるのに、「こんな未来ある若者が、国に帰れないようなプレッシャーに

押しつぶされそう」になっている姿に、胸がくこの時期になると、切なくなる。

 

 

 

先日、将棋の朝日杯で藤井聡太二冠が、準決勝で勝利した。

 

彼がこの朝日杯トーナメントで初めて優勝したのが、

 

平昌オリンピック、男子フリーの日だった。

 

 

 

なので、このニュースが一年に一回出るたびに私は、胸が締め付けられたことを

 

思い出す。

 

奇しくも今年も思い出すタイミングが、全米と被った。

 

 

 

       

 

         これが、五輪金メダルだったら・・・・・

 

 

 

 

 

その日は、彼が奇跡の復活を見せた男子FSを滑った日だった。

 

 

 

彼はSPで17位に沈み、FSで5つのクワドを着氷し、1位となり

 

総合5位まで登った。

 

 

 

あの時、真央ちゃんのソチフリーと同じように、

 

「彼はアメリカに帰れないかも」とまで心配していた。

 

 

 

あの時何が起こったのか。

 

 

 

今回の全米で五連覇した。ネイサンはインタビューを受けた際、

 

大学生活とスケートの両立について、特殊なシーズンで

 

ライバルたちと競えあえないことについて、次のように語っていました。

 

 

 

 ライバルたちに会えない特異なシーズンについては、「結弦、(宇野)昌磨(トヨタ自動車)、(ミハイル・)コリャダ(ロシア)、そして素晴らしいスケーターたちに会えなかったのは確かに不思議な感じがしています」

 

朝日新聞DEGITALより

 

 

 

度々羽生さんとの二人だけの比較をされていることに対する、ちょっとした

 

意見なのかもしれないし、インタビューの際に他の選手へのリスペクトを忘れない

 

ネイサンだから、自分のライバルは「昌磨もコリヤダも、他の選手もいるよ」と

 

言ったのかもしれない。

 

 

 

あまり余計な事は言わないけれども、言わなくてはならない事は、サラっと

 

言う賢さが、彼にはある。

 

 

 

でも。

 

あの時は、まだ18歳。

 

賢さと精神的なタフさは、まだバランスが取れていなかった。

 

急激な成長による、試合経験数の少なさも、崩れた要因のひとつだと思う。

 

だって、五輪時はワールドは6位の経験しかないシニア2年目の青年。

 

他国の選手であるのに、「こんな未来ある若者が、国に帰れないようなプレッシャーに

押しつぶされそう」になっている姿に胸が苦しくなり、フリーが終わった時は安堵で涙が出た事を記憶している。

 

たぶん羽生さんと比較されるとき、五輪をイメージしているインタビューのとき、

試合ごとのプレカンなどで、彼はずっと平昌のSPの事を言われているのだろう。

 

この呪縛から解き放たれるためには、正直北京で金を取るしかない。

でも敢えて彼は、こう言うのです。

 

「僕は時々それを何が間違っていたのか、考えます」と彼は言いました。「それは僕の心の多くを占めているわけではないけれども。」 

彼は来年北京に来ることを楽しみにして、はるかに未来に焦点を合わせています。

「もちろん、次のオリンピックに勝つことができるようになりたいです。しかし、それでなければ、僕の残してきたものや僕が誰なのか、ということが最終的に消えるようなことではありません。」

 

オリンピックで勝ちたい。

ただ、いつも言っているように、オリンピックで勝てなければ、今の自分が

全否定されるわけでもない。

 

人は誰だって失敗する。

だからネイサン。

あなたは何も間違えていない。

誰でも起こりうる事が、たまたま平昌で出てしまっただけ。

 

私も北京で、金メダルを獲ってもらいたいが、私たちファンのその応援が、彼にとって

過大なプレッシャーになっていないか、心配になるときがある。

 

たとえ金メダルが取れなくても、ネイサンが満足できる演技であれば、私たちはそれでいいし、たとえ満足できる演技でなくても、今までのネイサンの演技を全部否定することにはならないし、相変わらずファンであると確信している。

 

オリンピックというのは、なんと残酷で、そしてすばらしいものなのだろう。

 

インタビュー記事は、オリンピックチャンネルか、こちらで。

www.nytimes.com

 

 

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