(今日はフィギュアネタではありません)
連日、森喜朗のニュースで大変である。
各国のメディアが、叩いている。
このおじさんは、まぁ失言が多い。
というか、失言と意識していないところが問題で、
過去の成功体験に縛られているというか、今を生きていない恐竜な爺さんです。
「女性がたくさん入っている理事会の会議は時間がかかります」
「女性っていうのは競争意識が強い。誰か1人が手をあげていうと、自分も言わなきゃいけないと思うんでしょうね。それでみんな発言されるんです」
「結局、あんまりいうと、新聞に書かれますけど、女性を必ずしも数を増やしていく場合は、発言の時間をある程度、規制をしていかないとなかなか終わらないで困る」
本当にこんなオヤジが家にいたら、鬱陶しい事この上ない。
きっとこの人も奥さんがいなくなったら、自分もパンツすらどこにあるか
わからない爺さんに違いない。
このお爺さんは、「女性がー」とか言っているが、彼が困っているのは、
自分の決めた会議決定内容を、ひっくり返そうとされるのが、いやなのである。
重要な事は会議でなく、夜の料亭で決めたいのである。
昼の会議はとっとと終えて、夜の会議に入りたいのである。
彼にとって女性は、仕事相手ではないのだ。
今のご時世、女性を入れておかないといけないから、ということであり、
彼の人生において、女性と仕事した記憶がないのだ。
それは女性が鮮やかに補佐役に回っていたからだ。
プレジデントオンラインで、この記事を読んだ時、
前に勤めていた会社のトップの姿を思い出した。
戦前のオヤジ達の意識
彼らは①「女性にそんな大きなプロジェクトを任せたら家庭のこともあるのにかわいそうだろう」という親切心(のつもり)の場合もあるが、
②「女性にできるはずがない。女性がいなくてもうまくいっていたのだからその必要はない」と過去の成功体験にしがみ付くオジサンも多くいるという。彼らはリスク回避という意識で女性排除を正当化したり、「6割の女性が出産を機に仕事を辞める」といった過去のデータに基づいた「統計的差別」によって合理的判断として正当化する場合もある。
また③「自分たちの立場が侵される」という無意識の脅威から反対しているオジサンもいるという。たとえトップダウンで会社としての意思決定があっても、そして現場にその意欲があっても、その実現には内部の「偉いオジサン」たちの意識改革が不可欠であるというのである。
今、女性の下支えがなくやっていける会社って、どの程度あるのだろうと思う。
今は建設系の会社であるが、確かにメインは男性だが、色々な書類などをこなしているのは女性が中心であるし、元いた会社は金融系だったが、男性営業職員は、女性事務職員に聞かないと、書類ひとつ作成できない人が多かった。
(しかも規定も、わからないときた)
女性が契約を取っても、表彰されるための文書は、男性職員が作成し、それは男性職員の手柄になっていた。
それを女性社員はじっと我慢して見ていたのだ。
男女雇用機会時代の会社でも。
かのバブルがはじけそうになっている時代。金融機関に入社した私は、
入社式の副社長の言葉にびっくりし、
「こりゃ、大変な会社に入ってしまったのでは」
と入社一日目にして、激しく後悔したのを思い出した。
「女子職員は、良きベターハーフを見つけてください」
仕事しろ、じゃなかったことにびっくりした。
これからどんな仕事をするのだろう。頑張らないと、とドキドキしながら
出席した入社式。
すでに鬼籍に入っていられる方ではあるが、これが男性の本音だったのかと
今でも強烈すぎて、思い出す。
森のじいさんより少し上ではあるが、世の中は男女雇用機会均等法が叫ばれている中で
よくこんなセリフをオフィシャルな場で吐けたものだ。
私は女性が社会進出していない時代でも、女性の能力は高かったと思っている。
たとえば、かの有名な「おしん」を見て欲しい。
あそこの父ちゃんはいくら働いても生活も豊かにならず
(子供が7人もいるから当然だが)妻も働かせて、口減らしのために娘を丁稚奉公に出さないといけないわ、妻が妊娠しても、もう産む訳にもいかず、冬の冷たい川に入って堕胎するしかなかった。
そして妻は文句も言わず、子供を育てつつ、畑仕事もこなす。
今だったら、問題になるくらいの重労働だ。
父ちゃんが一概に悪い訳ではないが、女性の負担が大きすぎる。
立派に仕事と家事をこなしている。
(というか、こなすレベルをはるかに超えている)
あの時代の女性って強いんだなぁとつくづく感じだものだ。
つまりどういう事かというと、森のじいさんは、自分の周りしか見えていないのだ。
想像すれば、世の中の人がどういう暮らしをしているかわかるだろうし、
政治家というのは、民の暮らしを考えるものではないのか。
若いころは新聞社に勤めてもいたらしいが、そこでの事をすっかり忘れてしまったのか。
森さん世代のオヤジは、悪いのではなく、無神経なのか?
過去の色々な記事を読むと、一概に悪い人物ではないと思う。
ただ、要領が悪いのか、機転が利かないのか、想像力がないのか。
言うなれば、「頭が悪いかもしれない」疑惑が私の頭をよぎる。
きっと女性ではなく、若い社員が同じ事をしても、
「若い社員がいると会議が長くなる」と言うだろう。
なんか、書いていてむなしくなる。
口だけでもいいとは言わないが、人として最低限、人に配慮し
傷つける事は許されないのである。
よくうちの父も「そんなつもりで言ったわけじゃない」(森さんと同世代)というが、
自分の意見が相手にどう、取られるかわからないのかもしれない。
もちろん私は、父に激しく抗議するが、逆ギレするのである。
森さんも同じである。
そんなで、よく会社で仕事ができるなぁと感心するも、
部下が可哀そうだな、とつくづく思うのである。
あの世代に固有な病気なのか?
コロナウィルスのワクチンも必要だが、これからの日本にも、ああいうオヤジに効く
ワクチンを作ってほしい。
このオヤジのおかげで憂国の危機に晒されるやもしれん。
(今日、某コメンテーターが韓国が各国に立てた、慰安婦像の撤去に影響があるかもしれないと言っていた。大変な事だ)
ワクチンが必要だ!
【今日の独り言】
ちなみに。
森さんがどんなにいい人でも、ソチの後に
真央ちゃんに暴言を吐いた事は一生忘れない。(超個人的な意見だが)
自分の孫にはたいそう弱いらしいが、自分の孫にも同じような事が言えるのか。
聞いてみたいものだ。