とかくに人の世は住みにくい

わざわざ当ブログまで読みに来てくださってありがとうございます。趣味、日常、時事問題 何ということはない事を呟きます・・・

池江さんのツイートについて思う事。

池江璃花子さんのTwitterを読んだ。

 

SNSの功罪を改めて感じた。

 

彼女にオリンピックについて、DMを送っている人がいたとは。

「辞退してほしい」

「反対の声をあげてほしい」

 

まず自分の主義主張を人に押し付けるな、ということ。

自分が反対なら、反対の狼煙は自分で上げよ。

自分一人では力不足である、と感じたなら、いかに人を巻き込めるか

考えろ。

 

安直に人に頼むな。

 

私はアスリートではないが、アスリートがいかに自分の人生を賭けて競技に打ち込んでいるか、見ていればわかる。

でも本人ではないので、想像の域を越えない。

でも、想像だけでも相当なものだ。

 

五輪がすべてではない、といいつつも、かなりの競技が五輪が唯一無二の価値のあるものだということは、わかる。

 

四年に一回だからというのもあるだろう。

競技によっては、アスリート自身のピークと合わず、世界選手権では頂点を極めていても、五輪では合わないことも多い。

 

五輪がそんな権威のあるものか、と言う人もいようが、やはり認知度においては

スポーツ界では五輪に勝るものはなかなかないと思う。

(サッカー、ゴルフ、テニスは別だけど)

 

池江さんは、病気を乗り越えて復帰してきた選手だ。

それこそ死ぬかもしれない大病だ。

そしてパリ五輪を目指す、と言っていた。

だけど、母国で五輪が開催されるのに、出たくない選手がいるだろうか。

 

コロナと天秤にかけたら、いるかもしれないが、通常だったらいないと思う。

 

でも選手たちも戸惑っているし、悩んでいると思う。

ここで開催の声を大きく上げても、非国民扱いされるかもしれないし、

冷静に考えると、人の命とスポーツを比べろと言われて、スポーツを取る人はいないだろう。

 

でも、ここで開催されない、となったら、どれだけのアスリートの心が壊れてしまうだろうか。

多くの人の命を守るためなら、少数の人間が犠牲になってもいいのか。

 

これは答えの出ない問題だ。

 

でも、決めるのはIOCだから。

それに準じるしかないのが現状だ。

これを無理にできない、と言ったら、もう二度と日本では開催できないだろう。

でも、命は大切。

 

私も答えが出ていない。

 

だから少しでも協力できるよう、おとなしくしているしかないのだ。

 

この件に関しては答えが出ない問題だが、池江さんのtweetを通して言えることは、

五輪に出たい、出る、選手は毎日目標に向かって努力し続けている。

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希望に向かって。

その道を自ら絶て、というのは、なんとむごいことか。

池江さんのためを思うなら、自分で反対運動を起こせ。

(それが彼女のためになるか、ならないかは知らないが)

彼女にこれ以上辛い事を強いるのは、やめろ。

絶望の淵から這い上がってきた彼女に、またその谷間に落ちろというのか。

 

むごすぎて、数日、考えて考えても、私も結論が出ない。

だからと言って、人に背負わせるな。

 

もっと意見を言うべきところは他にある。

 

考えることを他人任せにしていた結果がいまの日本を作っているのがわからないのか。

 

しかし、本当に彼女は思慮深く、聡明だ。

そして努力家だ。

 

若い世代にこんな素晴らしい子がいるというだけで、捨てたものではない、と

つくづく感じる。

 

締める言葉が見つからないが、少しでも希望の見える結果となりますように。

 

 

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